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国内マラソン完走記
 (1998年4月〜6月)
 


■1998年6月7日(日) 東京喜多(北)マラソン(10km)

 41分15秒
 
この時季にしては寒いくらいの天気で「これならハーフにすればよかったかな?」と。 

5kmの折り返しまでは20分9秒で行けたので、

40分台ではゴールできると考えましたが、後半は1分近く遅れ、21分6秒。

5kmや10kmのスピードレースは「苦し〜い」と実感します。



■1998年5月31日(日)山中湖ロードレース(ハーフ) 

1時間38分29秒(ネット)

2年前に参加したときほど暑くありませんでしたが、やはりツライ大会のひとつ。

5km地点通過まで25分以上かかり、「ちょっとマズイな」とスピードを上げ、

その後は5kmを23分のペースで走る。仮装(女学生、カッパ、ウルトラマン)で走ったみなさん、

お疲れさま。次回は仲間に入ろうかな。





■1998年5月16日(土)練習会

代々木公園を2周走ったあと、織田フィールドでのインターバル。最初の1kmは3分58秒、

2回目の1kmは3分56秒。しかし3回目の1kmは4分10秒で、4回目は4分31秒もかかってしまう。

平気な顔をしてコンスタントに4分/kmを切って走れる丹野さん、平柳さん、

山木さん、岡村さん。スピードを維持できないのが、自分のウイークポイントだと実感。





■1998年5月10日(日)荒川市民マラソン  応援

冨士五湖ウルトラから2週間後。疲れも取れているだろうと参加する予定の大会でした。

しかし予想以上に申込み人数が多く、定員オーバー。せめて応援だけでもと思い、顔を出すことに。

疲れながらもイイ顔でゴールしてくるみんなを見ていると、

走りたかったなあ、という気持ちになる。来年は早くに申込み、参加するつもりです。




■1998年4月25日(土)チャレンジウルトラ冨士五湖80km
 
9時間12分(56位/309人中)


3月の「千駄木マラソン」以来、道を歩くと“あっ、金メダリストの二見さんだ”と女学生から握手やサインを求められ…

なんていうこともなく、ウルトラマラソンヘ向けて、もっぱらジョギングペースの練習を。

マフェトン理論もモニターとしての責任で実践。鷲田晋さんから「一度60kmぐらいを走っておくと本番が楽だと思います」と

アドバイスを受けるが、40kmが限界でした。それでも、3月の走行距離は生まれて初めて?

185kmを突破。4月も大会までに142kmを走り、自分にしてはよく走ったと思う。


予定したスブリット&通過タイム

〜 5km 30:00(0:30:00) 〜35km 34:00(3:44:00) 〜65km 39:00(7:33:00)
〜10km 32:00(1:02:00) 〜40km 44:00(4:28:00) 〜70km 39:00(8:12:00)
〜15km 32:00(1:34:00) 〜45km 36:00(5:04:00) 〜75km 40:00(8:52:00)
〜20km 32:00(2:06:00) 〜50km 36:00(5:40:00) 〜GOAL 39:00(9:31:00)
〜25km 32:00(2:38:00) 〜55km 37:00(6:17:00)
〜30km 32:00(3:10:00) 〜60km 37:00(6:54:00)

                         ※35kmのレストステーションで10分休憩



スタートは8時。「好きなランニングを朝から晩までできるのだから

これほど幸せなことはない」と考えて走り出す。20km地点は第1の給食ポイント。

それほどお腹はすいていなかったが、うどん(汁にうどんの玉が入っているだけ)、

バナナ、オレンジを食べる。タイムは2時間7分。

ウルトラの場合、1分1秒を気にしなくていいのがラクだ。



35km地点はレストステーション(3時間41分で予定より3分早い)。

到着と同時に、スタート前に預けておいた袋を

スタッフが素早く手渡してくれるのには、驚くと同時に感激。

寒かったら長袖に、暑かったらランシャツに着替える予定だったが、そのまま丁シャツで行くことに。

自分で買って預けたおにぎり(80kmの部はおにぎりの用意がない)を食べたあと、

パン、蜜豆、チョコレート、オレンジ、バナナなど食べていると、20分以上たってしまう

(まったく、食べに来てるんじゃないんだぞっ!)。



レストステーションに長居したため、40km地点通過が4時間32分。フルの距離表示はなく、

42.25km地点の通過が4時間48分。「これだけラクに走って、

3回目までのフルマラソンのタイムより早いのだから進歩したな」と思う。

そして、いよいよ42.195kmを越える未知の距離へ突入…

苦もなく45km、50kmを通過し、55km地点(往路の20血地点)でうどん、バナナ、オレンジ、

ココアなどを食べたり飲んだり。

60km地点まで32分52秒で走り、予定より7分早い6時間47分。

足の疲労は始まるが、70km地点通過が7時間57分。このあと、難関が待っていた。



73km地点ぐらいからダラダラと続く登り坂。5,6分は歩いた。やっと下りに入り、

75km地点の表示にホッとしたのもつかの間。「あと3km」の看板の先にまた登り坂が。

霧にかすむ道を1kmほど登って、やっと折り返し。

日も暮れ、小雨が降る中、残り1kmをゴールへ向かって快走。

競技場を約1周し、テープを切ってゴール。


■反 省:エイトストションで、フードだけでなく、時間を食いすぎた
        ■ひとり言:80kmの次は、やはり100kmだよな。あと20kmか、う−ん…。 



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