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国内マラソン完走記
(1998年7月〜9月)


■1998年9月13日(日)全日本駅伝東京大会
  ハーフ駅伝(5km担当)

「ランナーズ」の通信員と社員が4チーム編成してハーフ駅伝の部に参加。

第2走の5kmを走る(20分50秒ぐらい)。晴れて気温も高く、熱射病かなにかで倒れたランナーが

救護所を埋めつくし、
救急車が何度も行き交っていました。





■1998年8月16日(日)高尾山クロスカントリー

夏休みの時季だというのに予想外の仕事が入り、バタバタ忙しい8月になってしまう。

9日の練習会を不参加した日に伊倉さんから「16日にまた高尾山に行きますが、どうですか」と

お誘いの電話。
仕事を調整して、当日は、どうにか参加できることに。

7月の練習会では景信山から引き返してきたので、今回は陣馬山頂まで行く。

距離は往復で30kmですが、疲労度はフルを走った以上。

しかし、暑い8月にあれだけ走れるのは
緑が多く涼しい山だからでしょう。





■1998年7月20日(祝) 高尾山クロスカントリー

前日までの24時間リレーで42km(21周)走ったので伊倉さんに不参加の電話をすると

「ハイキング気分で歩いてもいいし、途中まででもいいから」と。

「疲れを取るためのジョギングにしよう」と参加することに。スタート直後、階段を走って登ることを知り、

トホホ状態。

同じ道を帰ることを考えると、景信山までが限界でした。





■1998年7月18日〜19日 24時間リレーマラソンin冨士北麓公園 

13位/179チーム

以前から興味があった24時間リレーに、雑誌「ランナーズ」の通信員チームとして参加。

朝10時にスターとし、1周2kmの周回コースを翌朝の10時までに何周できるかを競う大会。

1チームはランナー6人以内、マネージャー1人以上。

走るローテーションも、1周で交代してもよし、1人が何時間続けて走ってもよし。お誘いを受けたときに

「ビールなんか飲んでもいいんですか?」と聞くと「いいんじゃないんですか」という答え。

ところが当日は、みんなガンガン飛ばすし
ビールの用意などなし

夜を徹して走ることより、
毎日欠かさないビールを飲めないことが辛かった。

来年は「自由の風AC」として2チームぐらいで参加し、仮装をしたりして楽しく走り、

合間にビ−ルを飲みたいと思っています。



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