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 国内マラソン完走記
 (1999年4月〜6月) 


■5月30日(日) 山中湖ロードレース(ハーフ)  

1時間49分44秒

仮装と言えるかわかりませんが、“尻だしパンツ”で参加。

豚汁係のおばちゃんに声をかけられたり、

子供が不思議そうに見にきたり、おじさんに「さわっていい?」と
お尻をなでられたり、

知らないグループの記念撮影に招待されたり…意外に人気。

富士五湖100qの疲れでハーフのワースト記録ですが、満足しました。





■5月15日(土) チャレンジウルトラ富士五湖100q  

11時間37分

昨年の80kmに続いて、今回は100km。100km経験の丹野さんに「80kmから先が辛いよ〜」と脅かされるし、

相変わらず練習量は少ない。不安を抱きながら当日を迎えることに。


[携行した予定表_]   目標タイムは11時間49分とする。

〜 5km 31:00(0:31) 〜40km 33:00(4:17) 〜75km 37:00( 8:28)
〜10km 32:00(1:03) 〜45km 36:00(4:53) 〜80km 40:00( 9:08)
〜15km 32:00(1:35) 〜50km 34:00(5:27) 〜85km 37:00( 9:45)
〜20km 32:00(2:07) 〜55km 37:00(6:04) 〜90km 38:00(10:23)
〜25km 32:00(2:39) 〜60km 34:00(6:38) 〜95km 41:00(11:04)
〜30km 32:00(3:11) 〜65km 37:00(7:15) 〜GOAL 45:00(11:49)
〜35km 33:00(3:44) 〜70km 36:00(7:51)

 朝5時スタート。長い一人旅が始まりました。

10q地点通過が1時間2分で、ほぼ予定通り。
景色を楽しんだり、回りの人の会話に耳を傾けたり、

子供が産まれたときのことを思い出したり、

ハワイの風景を目に浮かべたり…。誰にもじゃまされない時間が続く。

30q地点を通過したあたりで、歩道に埋め込んである排水用の鉄板につまづいて
転倒。

手のひらと右膝から出血したので

「あー、こんなところでリタイヤか」とも思うが、大したことはなくひと安心。

40q地点が4時間18分。そこには
“おにぎり”があるというので楽しみにしていくと、

なんとバナナしかありません。みんな当然のごとく苦情を言っていました。

仕方なくコンビニで食べ物を買った人もいたようですが、僕は無一文。ウルトラではお金を持って走りましょう。



50q地点はトランジット。一応シャツなども預けてあったが、ソックスだけ履き替えて

すぐに走り出す(昨年は20分以上も休憩してタイムロスをした)。

60q地点には“うどん”と鈴木さんが待っていました。うどん2杯、オレンジ、バナナ、チョコレート、

レモンティー…などを
食べたり飲んだり7,8分休憩。

80q地点通過が9時間6分。予定より2分速く、昨年のゴールタイム9時間12分より6分速い。

さーて、いよいよ未知の距離へ。

85qあたりから渡辺さん、鈴木さんと合流し3人で走ることに。しかし足を痛めていた鈴木さんが、

93q地点のエイドステーションで「先へ行って〜、追いつくから」と。

そこから渡辺さんと
二人の世界(気持ち悪い?)。

そして、霧雨の降る中をフィニッシュ地点の競技場へ。トラックを1周し、

2人で
手をつないでゴール。抱き合って熱いキス(なーんてことは、しませんでした)。





■4月18日(日)かすみがうらマラソン(フル)

3時間35分46秒

来月の「富士五湖100km」の練習として参加したつもりでしたが、やはリスタートすると普通に走ってしまう。

ところが、水の飲み過ぎなのか25km過ぎぐらいからお腹がカポカポいいだし、

まずい状態に。そんなこんなでメロメロな走りになると、

「今日は100kの練習だから、いいもんね」なんて言い訳を考えた自分が、あ−恥ずかしい。

でも、こうしてすぐ反省する自分が、とっても好きだ。何が言いたいいんだ、私は。


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