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国内マラソン完走記
(2000年1月〜3月)
   



2000年3月26日(日) 荒川市民マラソン(フル)


3時間19分53秒


コースは短調ですが、1kmごとに距離表示があるのはペースがつかめて走りやすい。

始めの5kmを22分50秒で行き、まずまず。

8kmあたりで丹ちゃんと会い、しばらく並走。「横っ腹が痛いから、先に行って〜」と言われ

調子にのって先を行く。20kmを過ぎても23分台を維持でき、30km通過も青梅よりいい2時間18分17秒。

しかし、マラソンは甘くなかった。19日の練習会以降、5kmを1回しか走らなかったツケが

しっかり回ってきた。35kmまで25分21秒で、その間に

不調のはずの丹ちゃんが復活し「マラソンは30kmからだぞーー!」と抜いて行った。

おかげで35km過ぎも力を抜かずに走れ、


誕生日タイム(3時間19分台)は維持
できてホッです。





2000年3月5日(日) 佐倉朝日健康マラソン(フル)  

3時間31分18秒

初めてのアクシデントを体験。佐倉に住む姉の家へ前日に着き、シューズケースを開けると、

ガビーーーーン! 

なんと、ウルトラや練習に履いている重い靴「サロマV」が入っている。

1時間以上かけて家に帰るのもバカらしいので、記録は諦めてそれで走ることにしました。

当日は予想に反して気温も高く、ランパン&TシャツでOK。

10km通過が45分46秒、20km通過が1時間32分58秒。丹ちゃんが言うように、

フルマラソンはウルトラ用のシューズでも却っていいのかなと思う。が、やはりそうではなかった。

25km地点まで25分06秒もかかり、足が重く感じはじめ、どんどん失速。

うしろを見るとピンクのエンカイダー(丹ちゃん)が追ってくる。

「仮装の丹ちゃんに抜かれるのかぁ」と思いながらゴールを目指す。

今回から陸連公認になり、ゴール手前に距離を稼ぐための折り返しがあったり、

トラックに入っても1周分ふえたり。30分は切りたいと思ったがダメでした。

佐倉のコースはキツイっすー。




    
2月6日(日) 彩の国さいたまマラソ(フル)  
3時間18分32秒  
 
スタートしてすぐ三園くんに声をかけられ、話をしながら走る。5km通過が24:05なので

「うわー、こりゃ今日はダメだ」と思いながらも、スピードを上げる。

10kmまでの5kmを21:39で走って目標タイムに30秒ほど近づくが「オーバーペースで借金になるかな?」と

不安になる。ところが、30kmを過ぎても思っていたほど落ち込みはなく、

そのままゴール。タイムは「つくばマラソン」よりたった1分の短縮だけど、

内容としては満足しました。

1月の走行距離110km。練習量を減らす方がタイムがよくなるなら、どんどん減らすのだけど…。




■2月20日(日) 青梅マラソン(30km)

2時間19分8秒

天気予報通り、目覚めると雨。丹野さんから「雨でも雪でも走るように」という

メールが来ていたので行くことに。

中央線が新宿から北へ行くに従い、雨は雪に変わり、車窓からは吹雪のように見える。

しかし、現地に着くころは小振りになりホッとする。伊倉さんが早くから何軒も下見をして借りてくれた

荷物預かり所は温かく、ゆっくりと寛ぐことができました。さてレース。

青梅の30kmは、
アップダウンが多くて苦しい。例年の反省(下り坂では飛ばさない)を

踏まえて走ったけど、「つくば」「彩の国」の30km通過タイムより悪い結果でした。




■1月10日(祝)東京ハーフマラソン  欠場

朝、雨の音で目覚める。「無理して、風邪ひくのはイヤだな。やめよう」と再び眠りに…。

ところが、9時ごろになると雨も上がる気配。伊倉さんほかメンバーとの待ち合わせは

10時なので間に合うが、受け付けは9時まで。

例年は事前受付をしてゼッケンをもらっていたのに、今年はしていなかった! 

どんどん晴れていく空を恨めしそうに眺めながら
ビールを飲んでました。そして後日、

今年で最後の大会になることを知りトホホです。


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