ホノマラ  Data & History

       今でこそ20000人を超えるマラソン大会になりましたが、第1回(1973年)の参加人数は162人。

       なんと心臓病の治療が目的。当然、日本人は1人もいませんでした。


  

■ホノルルマラソン / 過去13回のデータ

開 催 エントリー人数
(日本人)
完走者数
(日本人)
優勝タイム 最長タイム
2011年(第39回)  22,615人
(12,360人) 
19,078人  2時間14分55秒 14時間13分12秒 
2010年(第38回) 22,806人
(13,490人)
20,169人 2時間15分18秒 14時間10分48秒
2009年(第37回) 23,469人
(14,402人)
20,314人 2時間12分14秒 12時間58分06秒
2008年(第36回) 23,230人
(14,406人)
20,054人 2時間14分35秒 15時間01分50秒
2007年(第35回) 27,829人
(17,056人)
20,692人 2時間17分26秒 14時間54分12秒
2006年(第34回) 28,635人
(17,905人)
24,547人 2時間13分42秒 15時間40分08秒
2005年(第33回) 28,048人
(17,345人)
24,261人 2時間12分00秒 14時間19分02秒
2004年(第32回) 25,671人
(15,723人)
22,388人 2時間11分12秒 15時間00分07秒
2003年(第31回) 25,283人
(15,149人)
22,120人 2時間12分59秒 14時間07分56秒
2002年(第30回) 30,428人
(17,266人)
26.407人 2時間12分29秒 14時間23分49秒
2001年(第29回) 23,513人
( 9,159人)
19,217人  2時間15分09秒  12時間19分09秒
2000年(第28回) 26,465人
(14,282人)
22,636人
(13,439人)
2時間15分19秒 13時間40分38秒
1999年(第27回) 26,724人
(12,878人)
21,211人
(12,080人)
2時間16分45秒 14時間35分05秒
1998年(第26回) 27,701人
(13,922人)
22,081人
(13,001人)
2時間14分53秒 12時間15分00秒
1997年(第25回) 33,655人
(17,952人)
26,495人
(16,837人)
2時間12分17秒 12時間30分21秒



   

■ホノルルマラソンの歴史


 2011年(第39回) 男子はニコラス・チェリモ(ケニア)が2時間14分55秒で2連覇。
女子はウォニシュト・ギルマ(エチオピア)が2時間31分41秒で初優勝。
2010年(第38回) 男子は、昨年2位のニコラス・チェリモ(27歳・ケニア)が2時間15分18秒で初優勝。
女子は、初マラソンで2時間32分13秒のベライネシュ・ゲブレ(エチオピア・22歳)。
2009年(第37回) 男子の優勝はパトリック・イブチ(ケニア)で、昨年に続き2連覇。
昨年、女子1位になった嶋原清子は2時間29分53秒で惜しくも2位だった。
2008年(第36回) 女子は1位(嶋原清子)・2位(吉田香織)ともに日本人。日本人女子の優勝は、2003年の早川英里以来、2人目。
昨年、ミスがあった計測タグに代わり、一昨年まで使用していたチップにもどる。
2007年(第35回) 2連覇を達成したアンベッセ・トロッサはドーピングで失格になり、ジミー・ムインディが繰り上げ優勝。
計測タグに不具合があり、正確な記録が残らない参加者もでた。
2006年(第34回) アンベッセ・トロッサ(エチオピア)が、初のホノルルマラソンで優勝。女子は初出場のロシアのリュボフ・デニソワが、
大会記録を14秒縮め、2時間27分19秒のコースレコードで優勝を飾った。早川英里は女子3位入賞。
2005年(第33回) 男子のジミー・ムインディ(ケニア)は2時間12分00秒で3連覇を果たした。早川英里は今回も女子2位。
日本人の参加者が前年より1,500名以上増える(日本人の参加率61.8%)。
2004年(第32回) 男子(2時間11分12秒)・女子(2時間27分33秒)ともに、大会レースレコードを更新。早川英里は女子2位。
2003年(第31回) 31回の歴史の中で、早川英里が2時間31分57秒で日本人選手として初めての女子優勝を果たす。
2002年(第30回) 5年ぶりに参加者30,000人を越える。特に日本からの参加者が前年より約2倍に増えた。
2001年(第29回) 9月に起こったニューヨーク・テロ事件の影響で参加者は約3,000人減。日本人は10,000人を切る。
2000年(第28回) タイムの記録にRCチップが採用される。日本人参加者は前年より約1,400人増加。
ファーストランナー(初めてマラソンを走る人)12,878人のうち、日本人は8,356人。
1999年(第27回) 参加者人数は前年とほぼ変わらず、人数的には安定したのかも。
1998年(第26回) 日本の不況が影響してか、参加人数は27,701人と減少する。
1997年(第25回) 25回大会。参加人数のピークは過ぎて33,655人。
1995年(第23回) 参加人数は34,434人で過去最高。
1992年(第20回) 20回の記念大会。ハワイ在住の参加者はエントリー・フィーが第1回と同じ$2。
参加人数は30,000人を突破し、スタート地点がアロハタワーからアラモアナ公園へ移る。
1991年(第19回) 日本人の参加者は10,000人を超え、なんと70%以上。まるで日本人の大会。
1989年(第17回) 日本での「ホノルルマラソン・ブーム」は広がり、参加者の50%以上が日本人。
1985年(第13回)
郷ひろみ(3時間38分で完走)など、芸能人も参加する人気大会に。
日本人の参加比率が25%を超える。
1982年(第10回) 参加者が10,000人を超える。
1981年(第 9回) 日本からの参加者は977人。
1980年(第 8回) 全体の参加者は8,419人と減るが、日本人は650人に増える。
1979年(第 7回) 参加者8,500人。日本人も500人と倍増。
1978年(第 6回) 参加者7,204人に増え、世界第2位の規模のマラソン大会となる。
1977年(第 5回) 参加者3,500人となり知名度も上がる。日本人も一気に200人が参加。
1976年(第 4回) 参加者1,670人。日本人で初めての佐々木生道さんが参加。
1975年(第 3回) 参加者はさらに2倍になり782人。
1974年(第 2回) 参加者は315人に増え、完走者は297人。
フランク・ショーターら3人のオリンピック選手を招待。
1973年(第 1回) 第1回「ホノルルマラソン」が開催されたのは1973年。
ジャック・スキャフ医師が「心臓病患者の治療にランニングが有効だ」というのが発端。
参加者は162人で、151人が完走。
 
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